トレーニング

今日は朝一番にこの一か月の地域医療を通じて学び・考えたことを発表させていただきました。

 

私はFacebookもTwitterもやっていません。

誘われても、「何かを伝えるようなことなんて私にはないよ」と言って断ってきました。

そんな私ですので、自分の考えを言語化して伝えるというのがとても難しく、普段の振り返りでさえもあたふたしてしまう位でした。

言いたいことがあるけれど、どう伝えていいのかわからず散乱してしまう、そんな状態でした。

 

太田先生に分かりやすいスライドの作りかた、伝えたいことのまとめ方など本当に初歩的なところからご指導いただき、昨日も夜19時から講演会がありお忙しい先生に泣きついて最後のチェックをしていただいたりもしました。

 

拙い発表ではありましたが、発表後に「良かったですよ」と声をかけてくださる方もいらっしゃり、ホッと胸をなでおろしています。

 

考えてみると、医師は患者さんや家族、医療従事者など多くの人と話をする機会が多い職業です。

そして、ただ話をするだけでなく説明したり自分の考えを述べる機会も多い気がします。

 

日々の振り返りや今回の発表で自分の考えを人に伝えるトレーニングをさせていただけたと思います。

 


痛感

午前中に訪問リハビリに同行させていただきました。

普段、実際に患者さんが病棟内を歩行されている時に少し一緒に歩かせていただくことがある位で、普段はリハビリテーションをオーダーするだけというのが現状です。

ですので、リハビリテーションで実際にどんなことを理学療法士さんや作業療法士さんがされているのか、というのはあまりよく分かっていませんでした。

 

今回の同行で訪問リハビリの様子がよく分かりましたが、それと同時に理学療法士の村上さんとのお話で、私が働いている帝京大学医学部附属病院が急性期病院のなかではリハビリに力を入れている病院であるということを再発見できたことも大きな収穫でした。

 

入院生活になると患者さんのADLは本当にあっという間に落ちてしまいます。

たとえ病棟内を自由に歩ける場合でも退院時には「体力落ちたなー」と話される方が多いです。

帝京大学病院ではリハビリテーション科があり専門の医師がいます。そして、上級医師から日々、患者さんに早期にリハビリテーションを介入させるよう指導が入ります。リハビリをオーダーするとリハビリテーション科の医師が患者さんを診察しその方にあったリハビリ方法を組み立てます。

当たり前になっていたので気が付きませんでしたが、帝京大学のリハビリテーションは他に誇れる部分なのだと認識できました。

 

午後、診察同行の後に白木先生から小児在宅医療に関してQ&A方式で講義していただきました。

「全国での小児在宅医療の件数はどのくらい?」という質問に、全然検討はつきませんでしたが、100?1000?1万?10万?とヒントを出していただき

「1万くらい???」と答えました。

 

正解は超重症児・準超重症児の数が1万人程度で小児在宅医療を行っている数はその10%程度ということでした。

10%程度…1000人程度!?と非常に驚きました。

 

高齢出産や医療進歩により、

―電拈菘契障害を持つような所謂NICUあがりのお子さん

∪菽式緡鼎砲茲辰撞潴燭気譴申電戮瞭眤ー栖機Φ潴慎澣涕絽絨箴匹鬚發直児科病棟からのお子さん

進行性疾患や脳性まひなどの方で加齢により重症化したお子さん

 

こうした方々が増え、小児在宅医療のニーズは高まっている状況だと思います。ただ、受け皿が十分ではありません。

そして、医療依存度の高い子供を家に連れて帰るということにご家族も医療者側も一歩踏み出す勇気が出ないというが現状ではないか、と思います。

そのためにも、在宅医療の現場を知ることは病院で働く小児科の医師であっても必要なことだと痛感しました。

 


もっともっと

ある障害をもったお子さんをお持ちのお母さんで「私はこの子が死ぬ一秒でも長く生きなくちゃいけない」ということをおっしゃっている方がいました。

 

そういう障害をもったお子さんをお持ちのお母さんを助けたいという思いが小児神経内科を志すきっかけになった一つなのですが、ある程度それは仕方のないことだと考えていました。

 

一方で、研修医として働きだし、ERで夜間に先天性障害をもった方を連れてこられるご高齢の親御さんの姿を見て家族だけでの介護の限界も感じていました。

 

小児在宅医療の場合、主介護者は親であることが多いです。

しかし親は年老いていきます。

一方で、医療の発展とともに医療依存度の高い子供でも長生きができるようになってきました。

そんななかで、医療依存度の高い子供が地域で生きていくためには、その子の体験や出来ることを増やしてその子なりの自立を促していくことだと考えます。

 

リゲインのCMで「24時間戦えますか?」というフレーズがありましたが、毎日の生活でそれは無理です。

夜間滞在型看護が普及し介護者がぐっすりと熟睡できるようになれば、肉体的にも精神的にも負担が軽くなり、日々の生活がより良いものとなるはずです。

 

たんぽぽクリニックの訪問診療で独居で生活している方は沢山いらっしゃいました。

介護がしっかり入ることができれば、共働きでも医療依存度の高い子供が家で生活することは可能ですし、それが可能であれば将来親が病気になったり亡くなられたとしても心配はありません。

在宅医療が導入された小児がどんな子どもでも一人暮らしをしようと思えばできる!

そんな理想を目指せば小児在宅医療はもっともっと発展していくと思います。


「当たり前」

私が細々と書いている臨床研修報告の一部がブログとして載っているわけですが、友人から読んでいるよと言われました。

考えをまとめるのが上手な方ではないし、文章力もないので自分だけの記録のつもりで書いています。

ブログとして載るということは分かっていますが、実際に誰かが読んでいると考えると恥ずかしいです……。

その友人も今度研修でたんぽぽクリニックを回るので、その時は私がブログのアクセス数を稼ごうと思います。

 

訪問診療に関わらせていただき、沢山のターミナルの方にお会いしてきました。

 

自分の命が残り短いと分かった時の気持ちはどんなだろうか、と考えることがあります。

 

おそらく、今の自分では完全に理解することはできないだろうと思います。

しかし、自分の今までの経験の中でいうと高校の卒業式の時の気持ちと少し重なる部分があるのではないか、と最近ふと思いました。

 

高校の卒業式の時、私はすごくすごく泣きました。

卒業できて嬉しい・仲の良い友達と離れることが寂しい、という涙ではありませんでした。

ただ、ただ、不安で仕方なかったのです。

 

私は大学受験に失敗して浪人生活を送りました。

今まで小学生から高校生まで「学生」という身分でなかったことはありませんでした。しかし、高校を卒業してしまったら、「学生」という身分はなくなります。そうしたら、自分は何者になるのだろうか、という不安がありました。

 

そして、多くの人が大学生という明るい未来がある中で一人だけレールから外れてしまった悲しさがありました。

 

皆と同じように続いていると思っていた道だったのに…。

 

勿論、現役で合格できる学業成績ではありませんでした。

しかし、大学入試に不合格になったことよりも皆と同じレールから外れてしまった孤独感や絶望感の方が辛かったことを覚えています。

 

私たちは普段、「当たり前」の毎日が続いていると信じています。

当たり前の日常の中で多少の良いことがあったり悪いことがあったとしても…です。

しかし、例えば癌になって残りの人生が僅かだと知った時、癌になったことはショックだと思いますがそれよりも皆が当たり前に送っている日常のレールから一人脱落してしまう孤独感や絶望感の方が強いのではないか、と思うのです。

 

そして、家族内での役割や社会での役割を自分が思うように果たせなくなった時に自分は何者なのだろうか、という不安感が襲うのではないだろうか、とも。

 

これは、今の私が考える稚拙な考えです。

今後、医師としてまた一人の人間として年を重ねていくうえで考え方はどんどん変わってくると思います。

完全に理解はできませんが、患者さんの気持ちに思いを馳せ、なるべく寄り添う努力は続けていけたらいいな、と思います。

 

卒業式の後に謝恩会があり、それも終わり友達とも別れた帰り道、私は一編の詩を読みたくて薄い詩集を横浜の本屋さんで買いました。

茨木のり子さんの詩集です。それを横浜駅から自分の家の最寄りの駅までの電車の中で繰り返し読んでいたのを今でも鮮明に覚えています。

有名な詩ですが、今日は最後にその詩を紹介して終わりたいと思います。

 

『自分の感受性くらい』

 

ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを

暮らしのせいにはするな

そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

 

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ


自分自身の成長

今日は最後の俵津診療所での研修でした。

 

この1か月はここぞ、という時にあまりお天気に恵まれず、晴れた時の野福峠の景色は最後まで見ることはできませんでした。

それが少し残念でしたが、俵津にまた来るようにという思し召しなのかもしれません。

 

外来を受診された患者さんから手作り羊羹や梨・みかん等をいただき、そのお心遣いがありがたかったです。

 

午前の外来が終わり、そろそろ午後の訪問診療の時間かなと思っていた時に、家木先生に「熱が出た女の子が来たから診察してみますか?」と言っていただき私が外来診察をさせていただきました。

 

家木先生に後ろで監督していただきながらですが、患者さんを診察し薬の処方も全部自分で決定しました。

緊張しましたが、患者さんであるお子さんとそのお母様の両方からお話を聞き、できるだけ分かりやすく説明することを心がけました。

 

新人の私が診察をしてお気を悪くされるのではないか、と心配していましたが、

「のどの風邪です」とお話をしたときにお母様の顔がホッとした表情をされてその表情を見て私も診察してよかった、と安心することができました。

 

午後の訪問診療でも、患者さんのお話を聞いたうえでお薬の提案をさせていただいたり、少しだけですが自分自身の成長が見えたような気がします。

 

そろそろ、地域医療の研修も終わりが近づいています。

 

母から「大人をメインに診るのが今月で最後になるわね」と言われ、「ああ、そうか…」と何だか変な感じがしました。

 

私は小児科コースという小児科を目指している人向けのコースで初期研修を履修しているので、来月の放射線科を終えたら11月からは小児科を回りそのまま今の大学病院の小児科に入局する予定です。

 

放射線科でも治療部門はありますがやはり内科的な診察とは少し違うため、ここでの研修で大人をメインに診る内科的な診察は終わりになります。

本当にあっという間です。

残り少ないですが、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。


穏やかに

今日の午前中の訪問診療はターミナルの方の診療から始まりました。

 

私が診察させていただいてから1時間後くらいに亡くなられた、とのことでしたので、ほぼ最期の診察をさせていただいたことになります。

 

在宅医療の特徴として自宅での看取りがありますが、まさにその一場面を見せていただけたと思います。

 

ご家族が静かに患者さんを見守っていらっしゃるのが印象的でした。

 

下顎呼吸をしている状態で一見苦しそうにみえますが、ご本人にとってはこの状態は苦しさを感じていません、という主治医の先生の言葉に「そうですか」と頷かれていましたが御自身が考えている状況と現状が同じであるという『確認』の頷きのように見受けられました。

 

誰も取り乱すことなく、ご家族からは家で看取るという強い意志、そしてその選択をしたことに対する後悔が全く見受けられませんでした。

 

眠るように息を引き取られた、との話をスタッフの方から後で伺いました。

 

ご家族に見守られながら安らかに天寿を全うされたことと思います。

 

病院であればモニターが装着されモニターが鳴り響きます。

勿論、頻回になることがないようにアラームの上限を下げることはしますが、それでも限界はあり、鳴り続けるアラームを消し続けるということになります。

 

モニターのアラームが鳴るとご家族も医療者もモニターに視線が向いてしまいます。

 

今までは、ある意味、モニターの数値や波形で「死」を判断していたのかもしれません。

しかし、今回の場合はアラーム音もなく皆の目が患者さんに優しく注がれ、家族の静かな話し声が場を包んでいました。

 

家で亡くなるということが、思った以上に穏やかなものだと知り驚きました。

自分の最期もこうでありたいと思えた瞬間でもありました。

言葉では言い表せないほどの経験をさせていただけたと思います。

やはり地域医療の研修先を決める時に在宅医療をやっているたんぽぽクリニックにしてよかったです。

 

ご冥福をお祈り申し上げます。


ちょっと

今日は風と雨が窓を叩き付ける音で起きました。

 

大雨・洪水警報によりお子さんの学校が休校になった、という看護師さん方のお話をロッカーで聞きながら今住んでいるところからクリニックまで徒歩10分弱の距離を歩く間にビショビショに濡れてしまった服を着替えることから今日一日は始まりました。

 

私は子供の頃、台風が近づいてくると「学校が休みになるかな」とワクワクしていた覚えがあります。

今でも、電車通勤なら電車が止まっているので行けませんってなるのかなーと徒歩圏内に住んでいるくせに駄目な大人な私は思ってしまうことがあります。

 

休校になった学校の子供たちには是非この非日常のワクワク感を今日1日満喫してほしいです。

松山はあまり台風が直撃しないというお話を前に伺っていましたが、確かにお昼近くになると雨も止み、午後には雨が上がってしまいました。

 

午前中の訪問診療では「こんな雨の中、ありがとうございます」と皆さんがおっしゃってくださいました。

何気ない一言かもしれませんが、大切なことだと思います。

自分自身も外来を持つようになったら、「雨の中、大変でしたね」「長い時間お待たせいたしました」というような一言を言える医師になりたいと思います。

 

ある施設で見かけた『ちょっと待っての「ちょっと」の時間はあなたにとってどの位?』というような標語にドキリとさせられました。

 

病院で働いている自分を思い返すと「ちょっと待ってください」とよく言っている気がします。

「ちょっと」と言いつつなかなかその人のところに行けなかったり、頼まれていた仕事ができていなかったりすることもあります。

「ちょっと=短い時間」であれば問題ありませんが、「ちょっと待ってください」=「ちょっと(このカルテを書き上げなくてはいけないので)待ってください」「ちょっと(この患者さんたちの処置をしなくてはいけないので)待ってください」というようにかなり言葉を省略していることがあることに気がついたのです。

 

ただ、言った側である自分はある程度の目安の時間を持っていますが待っている側はそうではありません。

同じ道でも行きと帰りでは帰りの方が早く感じるように、いつまで待てばいいのか分からない中で待ち続けるというのは本当に長く感じます。

どの位の時間がかかるか、というのはその時点では正確に伝えることができない場合があります。

ただ、出来るだけ言葉の省略はしないように、伝えられるのであれば大まかな時間でも相手に伝えるように気を付けようと思いました。


「目」

本日伺った患者さんでどこかに指を挟んでしまったのか指先の部分が表皮剥離し赤く腫れていらっしゃる方がいました。

(後日、整形外科受診し骨折していたことが判明しました)

 

それに気が付いたのは、入浴介助で服を脱がせようとしたヘルパーさんでした。

 

実際、ご本人はまったく痛がっている様子はありませんでした。

今回の骨折に関して、訪問診療に行った私たちだけではもしかしたら気が付けなかったかもしれません。

 

私たちは目をもっています。

しかし、皆おなじ「目」を持っているわけではありません。

同じ対象物を見ても、目に入ってるだけの人もいれば注意深く見ている人もいます。

そもそも見ている対象が違う場合もあります。

同じ食事をとっても、盛り付け重視の人もいれば味付け重視の人もいます。

対象を見ている時間も違います。

普段一緒にいるからこそ些細な変化が分かる場合もあれば、顔つきの変化や体形の変化は普段一緒にいる家族より久しぶりにあった友人の方が気が付くケースもあります。

 

今回の症例ではこうした様々な「目」が大事なのだと再確認させられました。

ただ、ちょっとしたことだから、関係ないことだから…と変化に気が付いても遠慮されてしまう方は沢山いらっしゃいます。

「特に問題ないです」と言われる方でも、よくよくお話を伺ってみると「ここ数日少し便が緩かった」「最近、こんな行動をしたことが1回あった」など困っていらっしゃることが出てくることがあります。

 

普段、患者さんやご家族の話を全て聞くことが出来ず、ある程度のところで切り上げなければならないことがどうしてもあります。

ただ、患者さんやご家族の訴えは氷山の一角であることは常に念頭に置かなければならないことだと思います。

 


老い

人が初めて「老い」に直面するのはいつだろうか、と考えた時にそれは自分の親が老いた時ではないか、と思うのです。

 

多くの方が自分の介護よりまず先に親の介護の問題が出てきます。

祖父母の介護や死・人によっては曾祖父母の介護や死を経験した方もいらっしゃることでしょう。

ただ、祖父母は幼い頃から自分にとって「おじいちゃん」「おばあちゃん」という存在だったのではないでしょうか。

 

しかし、親は違います。

 

自分が一番に愛情を注いでもらった存在であり、自分自身が一番最初に愛情を感じた存在です。

また、小さいころには絶対的な存在であったはずです。

健康で当たり前、しっかりしているのが当たり前。

祖父母が歩けなくなる、食べられなくなる、物忘れが激しくなる…それよりも親がそうなった時の方が辛いのではないでしょうか。

そして誰しも老いを認めたくない、なんとかして食い止めたいという気持ちがおきるのは自然な感情だと思います。

 

ただ、進行具合は人それぞれですが皆等しく老いて死を迎える時がきます。

その中で、自然に「老い」を受けいれる人もいれば、どうしても受け入れられない方もいます。

「老い」に抗い、いつまでも健康でいるぞ!と努力されている方は素晴らしいと思います。

 

しかし、他人の老いを受け入れられない時、私たちはその人に能力以上のことを要求してしまうのではないのでしょうか。

歩けない人がトイレで排泄するのはとても無理なことですし、排泄量は自分で決められるものではないのでオムツから漏れてしまうことだってあります。

 

食が細くなった時に、ふつうの人と同じ量は食べられないし時間だってかかります。

手が震えたら食べ物もいっぱいこぼすようになるでしょう。

 

文字にして書けば「そんなの当たり前だ」と誰しもが思うことだと思いますが、実際には「オムツ汚れる前に何で言えなかったの?」「ご飯こんなにこぼして!片づける身になってよ!」と言ってしまうことはあると思います。

たとえ、分かっていても、介護生活に疲弊して自分の気持ちを処理できず、当たってしまうこともあると思います。

私自身も実際に親を介護する時に全くそういったことを言わずに介護できるか、と問われたら正直自信はありません。

また、親子だからお互い遠慮がなくなるので、他の人になら言わないことも言ってしまうことがあると思います。

 

数日のうちに忘れてしまえる程度の親子喧嘩なら日常のスパイスになるかもしれません。

ただ、それを超えてしまうとお互いのためになりません。

最悪の場合、肉体的または精神的虐待につながってしまうケースもあります。

自分で何とかしなければと思うあまり、気持ちに余裕がなくなり悪循環が起きるケースも考えられます。

お互いのために、疲れたらレスパイトやショートステイを使ってあえて少し距離を置く、ヘルパーさんや訪問看護に来てもらい親子だけの閉鎖的な空間をなくす。

親子でもハリネズミの法則があるのかもしれません。

傷つかないけどお互いの温もりが感じられる適度の精神的または物理的な距離を自分の親が年老いた時に私も作っていけたらいいな、と思います。

 


とにかく笑えれば 最後に笑えれば

今日は、食事摂取量が低下しているという方の往診から始まりました。

そのお宅に伺い、患者さんが寝ていらっしゃる部屋に行き、まず目を引いたのが毎年たんぽぽクリニックでお渡ししている誕生日のカードやたんぽぽクリニックのスタッフとの思い出の写真が一面に飾られている壁でした。

 

リハビリのスタッフ一人ひとりの写真つきのリハビリ目標が書かれた大きなポスターもありました。

 

そのお写真がどれもお人柄が出た温かいもので、見ているだけで元気が出るようなポスターでした。

 

ご家族に話をしつつ、ご本人様にも間接的に説明する先生の診察技術は勉強になります。

診療から帰ってきてから矢野先生に緩和ケアに関する講義もしていただきました。

 

「痛み」に関してどうしても疼痛症状が出たら対処をするものと考えがちですが、緩和ケアの疼痛コントロールはまず「痛みを出さない」ということがポイントになります。緩和ケアに関しては大学の講義でもありましたが、痛みというものがどれほど患者さんのADL低下につながるか、ということを訪問診療やこの実習を通して実感することができたので、今日の講義ではその重要性を再確認することができました。

 

そして、医師とは患者さんを治療し社会復帰をさせる、ということが重要な使命です。ただ、人はいつかは死ぬ存在です。

医療は病気に打ち勝つことを目標に今まで進歩してきました。

でも、どう頑張ってもいつかは死ぬし最新の医療でも治せない病気は沢山あります。

原疾患に対する治療が無くなった時、医療は敗北するのでしょうか?

 

それもまた違います。以前は緩和ケアというと、もう何も治療できなくなってから行われるものというマイナスなイメージが強かったと思います。

今でもそういうイメージを完全には拭い切れていないことは否定できません。

 

矢野先生の言葉をお借りすると、緩和医療とは「死に寄り添う医療」です。

その人らしく最期を迎えるための医療と考えると少しポジティブに捉えられるのではないでしょうか?

リクルートのCMで大泉洋さんが「とにかく笑えれば 最後に笑えれば」とウルフルズの歌を歌っておられますが、緩和医療というのはまさにこういう医療なのではないかな、と最近思います。

 

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